飯田線の旧型国電・最終章

(昭和58年)




飯田線 旧型国電と119系

『さようなら』のヘッドマークを付けたクモハ54111と新鋭119系

天竜峡
(昭和58年6月26日)






昭和58年、飯田線に119系が運行を開始した。
119系はまず豊橋機関区に配置されて、同区の80系を置き換えた。
その後、伊那松島機関区にも119系の配置が始まって、旧型国電は徐々に運用から外れていった。
そして飯田線の旧型国電は6月いっぱいで終了することになった。
私が久しぶりに飯田線に訪問した6月下旬には、既に119系が飯田線の主力となっていた。
運用に就いていた旧型国電は3編成だけだった。

(昭和58年6月25日現在、運用に就いていた旧型国電)
クハ68418-クモハ54125-クモハ54006-クハユニ56003
クモハ54110-クハ47069-クハ68410-クモハ54111
クハ68420-クモハ61005-クモハ54129-クモニ83102




119系

新型車両の運行開始を告げるポスター

(昭和58年2月)









119系

新製配置された119系の試運転が行われていた

伊那大島~上片桐
(昭和58年2月)









119系

既に運用の大半が119系に取って代わられていた

天竜峡
(昭和58年6月26日)









119系

ピカピカの新車は地元や現場には喜ばれたであろう

天竜峡
(昭和58年6月26日)









119系

119系と共に飯田線に投入される郵便荷物車(クモユニ147)の配置が間に合わなかった為か、客室の一部を郵便輸送スペースに充てていた

天竜峡
(昭和58年6月26日)









飯田線 119系

上諏訪まで足を伸ばす119系

赤木~沢渡
(昭和58年6月25日)









飯田線 旧型国電 119系

新しい主役119系と去り行く旧型国電の交換

北殿
(昭和58年6月25日)






私が初めて飯田線を訪問したのは流電が引退した後と少し出遅れた感があるが、それでも様々な経歴を持つ旧型国電の活躍を見ることができた。
足繁く通うようになってから数年が過ぎて、飯田線に来れば当たりの様に旧型国電が走っていた。
今から考えれば旧型国電の車齢や周りの状況からからしたら、現役で走っていることのほうが稀有だったのだ。
旧型国電の引退は、119系の配置が決まってからもなかなか実感がわかなかった。
しかし終焉の日はやってきた。
私が最後に訪問したときに走っていた3編成も、6月30日にクハ68418-クモハ54125-クモハ54006-クハユニ56003が運用を離脱、これにより飯田線の旧型国電の定期運用は終了した。
(定期運用終了後、8月に旧型国電のさようなら運転が行われた。)




飯田線 クモハ54111

『さようなら』のヘッドマークを付けたクモハ54111が天竜峡の電留線に留置されていた
天竜峡
(昭和58年6月26日)








飯田線 旧型国電

天竜峡
(昭和58年6月26日)









飯田線 旧型国電 119系

クモハ54110と119系

天竜峡
(昭和58年6月26日)









飯田線 旧型国電

飯田線でよく見かけた郵便・荷物合造車もこの日に走っていたのはクハユニ56003のみだった

飯田~桜町
(昭和58年6月25日)









飯田線 旧型国電

クハ68418

田畑~北殿
(昭和58年6月25日)









飯田線 旧型国電

通いなれた山道を辿る

金野
(昭和58年6月26日)









飯田線 旧型国電

119系・165系と交換してクハ68418を先頭にした旧型国電がやってきた

飯田~桜町
(昭和58年6月25日)









飯田線 旧型国電

クモハ54110-クハ47069-クハ68410-クモハ54111

田畑~北殿
(昭和58年6月25日)









飯田線 旧型国電

田畑~北殿
(昭和58年6月25日)









飯田線 旧型国電

クハ68420+クモハ61005+クモハ54129+クモニ83102

赤木~沢渡
(昭和58年6月25日)









飯田線 旧型国電

クハユニ56003を先頭に40‰の急こう配を駆け上ってきた

赤木~沢渡
(昭和58年6月25日)









飯田線 旧型国電

クモハ54111-クハ68410-クハ47069-クモハ54110

沢渡
(昭和58年6月25日)










飯田線 旧型国電 119系

千代~天竜峡
(昭和58年6月26日)








飯田線 旧型国電 119系

金野~千代
(昭和58年6月26日)