鉄道省5100形5100・5101として明治7年にイギリスのキットソン社で製作されたC型テンダー機関車、明治9年に2Bテンダー機関車に改造された。
相模鉄道には開業に先立った大正9年7月に払い下げを受けて入線、100・101号となり線路敷設工事や試運転などに使用された。
| 鉄道作業局D2(明治7年キットソン)→鉄道省5100形5100号機(明治42年10月)→相模鉄道100号機(大正9年7月)→加悦鉄道1号機(昭和2年6月→昭和30年9月廃車) |
| 鉄道作業局D2(明治7年キットソン)→鉄道省5100形5101号機(明治42年10月)→相模鉄道101号機(大正9年7月)→遠藤製作所(昭和25年→廃車) |
汽車製造会社製のC型タンク機関車
大正13年に1・2号機、大正15年に3・4号機が製作された。
昭和19年の旧相模鉄道国有化時に国鉄買収化対象となり134~137号機を経て1355形1355~1358号機となった。
| 1形1号機(大正13年汽車製造会社)→国鉄1355形1355号機(昭和19年6月)→小名浜臨港鉄道C306号機(昭和23年6月→昭和36年6月廃車) |
| 1形2号機(大正13年汽車製造会社)→国鉄1355形1356号機(昭和19年6月)→東野鉄道1356号機(昭和23年9月)→三井埠頭1356号機→5(→廃車) |
| 1形3号機(大正15年汽車製造会社)→国鉄1355形1357号機(昭和19年6月→廃車) |
| 1形4号機(大正15年汽車製造会社)→国鉄1355形1358号機(昭和19年6月→廃車) |
明治30年に関西鉄道の機関車としてナスミス・ウィルソン社で製作された1B1タンク機関車、明治39年に鉄道省に編入された。
昭和16年7月に譲受して相模鉄道に入線した。昭和19年の旧相模鉄道国有化時に国鉄買収化対象となり138の仮番号を付けられた後に常総筑波鉄道へ払い下げられた。
| 関西鉄道(明治30年1月ナスミス・ウィルソン)→鉄道省870形874(明治39年)→相模鉄道10形11号機(昭和16年7月)→国鉄・仮138(昭和19年6月)→常総筑波鉄道138号機(昭和21年4月→昭和27年廃車) |
昭和17年8月国鉄C12型として日本車輌で製造された機関車を購入した。
20形21・22号機となったが国鉄買収化対象となりC12274・C12275となった。
| 20形21号機(昭和17年8月日本車輌)→国鉄C12274(昭和19年6月→昭和36年1月廃車) |
| 20形22号機(昭和17年8月日本車輌)→国鉄C12275(昭和19年6月→昭和36年1月廃車) |
大正15年6月汽車製造会社東京支店製造の半鋼製2軸ボギー客車
昭和19年国有化時に国鉄買収化対象となりナハ2380形ナハ2380~2383となった。
| ホ1(大正15年6月汽車製造会社)→国鉄ナハ2380(昭和19年6月)→ナヤ6561→ナエ2700(→昭和46年廃車) |
| ホ2(大正15年6月汽車製造会社)→国鉄ナハ2381(昭和19年6月)→ナヤ6562→ナエ2701(→昭和44年廃車) |
| ホ3(大正15年6月汽車製造会社)→国鉄ナハ2382(昭和19年6月)→ナヤ2660(→昭和39年廃車) |
| ホ4(大正15年6月汽車製造会社)→国鉄ナハ2383(昭和19年6月)→ナヤ2661(→昭和37年廃車) |
昭和18年9月汽車製造会社製の半鋼製ボギー車
TR25形台車を履いた半流線型のスマートな車体の車両だったが、入線後1年も経たない昭和19年に国鉄買収化対象となった。
| オハ11(昭和18年9月汽車製造会社)→国鉄ナハ2384(昭和19年6月)→ナヤ6565→ナエ2702(→昭和44年5月廃車) |
昭和7年4月日本車輌東京支店製造の半鋼製4輪気動車
全長7.3m 60馬力のガソリンエンジンを搭載していた。
末期は客車に転用されていた。
| キハ1(昭和7年4月日本車輌)→日本軽金属蒲原工場(昭和18年1月→廃車) |
| キハ2(昭和7年4月日本車輌)→日本軽金属蒲原工場(昭和18年1月→廃車) |
昭和7年4月日本車輌東京支店製造の半鋼製4輪気動車
全長8mと車体長が少し長い以外はキハ1とほぼ同一だった。
キハ101は昭和29年に寿都鉄道へ譲渡された。
キハ102は昭和24年6月に廃車となった。
| キハ101(昭和7年4月日本車輌)→カテツ交通工業(昭和26年1月)→寿都鉄道ユニ1(昭和29年10月→昭和40年廃車) |
| キハ102(昭和7年4月日本車輌→昭和24年6月廃車) |
昭和11年12月に池田鉄道キハ2として日本車輌で製造された半鋼製4輪気動車
全長9m フォード製67.8馬力ガソリンエンジンを搭載していた。
池田鉄道は昭和13年6月に営業廃止となり昭和14年7月に譲受して相模鉄道に入線した。
燃料入手難の時代に客車化されて日本軽金属に譲渡された。
| 池田鉄道キハ2(昭和11年12月日本車輌)→相模鉄道キハ11(昭和14年7月)→日本軽金属蒲原工場(昭和18年1月→廃車) |
汽車製造会社東京支店製造の電気式気動車
全長13.5m 発電用に120馬力ディーゼルエンジンを1機、駆動用に96kwの電動機を2機搭載していた。
昭和10年10月に汽車製造東京支店でキハ1000形キハ1001~1004の4両が誕生、昭和13年5月にサハ1101が中間付随車として増備された。
気動車は誕生当初は液体変速機がまだ開発されておらず機械式変速機だった。そのため総括制御が出来ず、2両以上連結した場合は各車両に運転士が乗り込んで運転操作を行わなければならなかった。
その不便を解消するために考案されたのが電気式気動車であり、ディーゼルエンジンで発電機を回してその電力で駆動用のモーターを回すという方式だった。国鉄でも電気式気動車の試作を行っていたが問題点も多く、量産化には至らなかった。そんな時代に相模鉄道のキハ1000形が誕生したのは特筆すべきもので、私鉄では唯一の電気式気動車だった。
キハ1000形とサハ1100形は昭和18年12月と昭和21年2月に電車化改造されてデハ1000形となり改番でデハ1050形になった。
デハ1050形は昭和22年に揃って日立電鉄に譲渡された。
サハ1100形はサハ2801に改番された後に箱型車体に改造されて昭和34年10月まで在籍した。
| キハ1001(昭和10年10月汽車製造会社)→モハ1001(昭和18年12月)→デハ1051→日立電鉄モハ13(昭和23年1月→平成5年7月廃車) |
| キハ1002(昭和10年10月汽車製造会社)→モハ1002(昭和18年12月)→デハ1052→日立電鉄モハ14(昭和23年1月→平成9年4月廃車) |
| キハ1003(昭和10年10月汽車製造会社)→モハ1003(昭和21年2月)→デハ1053→日立電鉄モハ15(昭和23年1月→平成7年5月廃車) |
| キハ1004(昭和10年10月汽車製造会社)→モハ1004(昭和21年2月)→デハ1054→日立電鉄モハ16(昭和23年1月→平成8年11月廃車) |
| サハ1101(昭和13年5月汽車製造会社)→※国鉄コハ2370(昭和19年6月)→相模鉄道サハ2801(昭和23年8月)→日立電鉄サハ2801(昭和34年10月→昭和60年2月廃車) ※相模鉄道の国有化時に国有化対象となり車籍が国鉄に登録されたが、実際は旧神中線で使用されていた |