大正15年7月汽車製造会社製造のC型タンク機関車、旧相模鉄道1形蒸気機関車と共通点が多い。
相模鉄道に合併後に7形に改番されて3号機→7号機、4号機→8号機となった。
8号機は昭和26年7月に廃車・解体されたが、7号機は磐南臨海鉄道→小名浜臨港鉄道と流転の生涯だったが、現在はかしわ台に保存されている。
| 3形3号機(大正15年汽車製造会社)→7形7号機(昭和18年4月)→C7→磐南臨海鉄道(昭和24年10月)→江若鉄道7号機(昭和26年4月)→小名浜臨海鉄道C358(昭和27年6月→昭和41年4月廃車) |
| 3形4号機(大正15年汽車製造)→7形8号機(昭和18年4月)→C8(→昭和26年7月廃車) |
豊川鉄道5号機として大正11年にコッペル社で製造されたC型タンク機関車。
昭和4年に譲受されて入線、10形10号機となった。
あまり使われないうちに譲渡された。
| 豊川鉄道5号機(大正11年コッペル)→神中鉄道10形10号機(昭和4年)→三菱化成黒崎工場(昭和12年10月→廃車) |
神中鉄道開業時の大正15年4月に汽車製造会社で製造された全長9.7mの木造2軸客車
ロ10形は昭和3年にロハ10形に改造、昭和6年にはハフ100形となった。またロ12はキハ20に改造された。
昭和13年8月にハ20~23・ハフ51が夕張鉄道へ譲渡された。
昭和24年4月にハ24が三岐鉄道へ、昭和24年5月にハフ50・ハフ101・102が常総筑波鉄道へ譲渡されていった。
ハ24は三岐鉄道から別府鉄道へ売却されて昭和59年1月まで活躍した。
ハフ24は現在は蒸気機関車7号機とともにかしわ台で保存されている。
| ロ10形ロ10(大正15年汽車製造会社)→ロハ10形ロハ10(昭和3年)→ハフ100形ハフ101(昭和6年)→常総筑波鉄道ハ75(昭和24年5月)→日立水戸工場ハ75(昭和32年)→7(→昭和34年廃車) |
| ロ10形ロ11(大正15年汽車製造会社)→ロハ10形ロハ11(昭和3年)→ハフ100形ハフ102(昭和6年)→常総筑波鉄道ハ76(昭和24年5月)→日立水戸工場ハ76(昭和32年)→?(→昭和34年廃車) |
| ロ10形ロ12(大正15年汽車製造会社)→ロハ10形ロハ12(昭和3年)→キハ20形キハ20(昭和6年12月) ※以後後述 |
| ハ20形ハ20(大正15年汽車製造会社)→夕張鉄道ハ20(昭和13年8月→昭和31年8月廃車) |
| ハ20形ハ21(大正15年汽車製造会社)→夕張鉄道ハ21(昭和13年8月→昭和31年8月廃車) |
| ハ20形ハ22(大正15年汽車製造会社)→夕張鉄道ハ22(昭和13年8月→昭和31年8月廃車) |
| ハ20形ハ23(大正15年汽車製造会社)→夕張鉄道ハ23(昭和13年8月→昭和31年8月廃車) |
| ハ20形ハ24(大正15年汽車製造会社)→三岐鉄道ハフ16(昭和24年4月)→別府鉄道ハフ7(昭和34年7月→昭和59年廃車) |
| ハフ50形ハフ50(大正15年汽車製造会社)→常総筑波鉄道ハフ74(昭和24年5月)→日立水戸工場ハフ74(昭和32年)→6(→昭和34年廃車) |
| ハフ50形ハフ51(大正15年汽車製造会社)→夕張鉄道ハ60(昭和13年8月→昭和31年8月廃車) |
明治32年に鉄道省ホハユ3315として東京車輌工業所で製造された木造ボギー客車
神中鉄道最終日の昭和18年3月31日に譲受した。
しかし翌年には全線が電化されてあまり使われることがなかった。
| 鉄道省ホハユ3315(明治32年東京車輌工業所)→神中鉄道ホハ200(昭和18年3月)→三岐鉄道ホハ201(昭和24年4月)→日本軽金属蒲原工場(→廃車) |
昭和4年10月蒲田車輌製造の木造2軸ガソリンカー
全長8.1m 35馬力のガソリンエンジンを積んでいた。
昭和7年4月に雨宮工場で簡易鋼体化工事が行われた。
昭和14年までに全車が廃車または他社へ譲渡となった。
| キハ1(昭和4年10月蒲田車輌→昭和12年廃車) |
| キハ2(昭和4年10月蒲田車輌→昭和14年廃車) |
| キハ3(昭和4年10月蒲田車輌)→出雲鉄道(→廃車) |
| キハ4(昭和4年10月蒲田車輌→昭和13年廃車) |
| キハ5(昭和4年10月蒲田車輌)→出雲鉄道(→廃車) |
| キハ6(昭和4年10月蒲田車輌)→キニ121(昭和11年10月→昭和23年8月廃車) |
昭和5年5月日本車輌東京支店製造の半鋼製2軸ガソリンカー
全長9.3m 47馬力のガソリンエンジンを積んでいた。
昭和14年に客車化改造されてハフ10形となった。
昭和24年に三岐鉄道に譲渡、昭和34年7月に別府鉄道に移りハフ5・6となった。
ハフ6は昭和43年11月に廃車となったがハフ5は、元神中鉄道ハ24だったハフ7と共に別府鉄道最終日の昭和59年1月まで活躍した。
| キハ10形キハ10(昭和5年5月日本車輌)→ハ10(昭和14年5月)→ハフ10形ハフ10→三岐鉄道ハフ14(昭和24年4月)→別府鉄道ハフ5(昭和34年7月→昭和59年廃車) |
| キハ10形キハ11(昭和5年5月日本車輌)→ハ10(昭和14年7月)→ハフ10形ハフ11→三岐鉄道ハフ15(昭和24年4月)→別府鉄道ハフ6(昭和34年7月→昭和43年廃車) |
大正15年4月に製造されたロ12(後にロハ12)に昭和6年12月星川工場でピアスアロー6-5型47馬力エンジンを積んで誕生した。
昭和12年に東武鉄道へ譲渡されて小泉線で活躍した。
| ロ10形ロ12(大正15年汽車製造会社)→ロハ10形ロハ12(昭和3年)→キハ20形キハ20(昭和6年12月星川工場)→東武鉄道キハ4(昭和12年2月→昭和25年廃車) |
昭和10年12月から昭和11年7月にかけて日本車輌東京支店で製造されたディーゼルカー
全長12m半鋼製2軸ボギー車で池貝鉄工所製の74馬力ディーゼルエンジンを搭載していた。
昭和17年11月までに全車が譲渡された。
| キハ30(昭和10年12月日本車輌)→東武鉄道キハ30(昭和18年2月)→キハ11→上田丸子電鉄サハ27(昭和31年→昭和44年4月廃車) |
| キハ31(昭和11年6月日本車輌)→新潟交通クハ33(昭和18年2月)→クハ49(昭和43年→廃車) |
| キハ32(昭和11年6月日本車輌)→東武鉄道キハ32(昭和18年2月)→キハ12→有田鉄道キサ32(昭和27年1月)→山形交通ハフ6(昭和28年)→ハフ2(→昭和45年9月廃車) |
| キハ33(昭和11年7月日本車輌)→神戸有馬鉄道クハ131(昭和18年2月)→神有三木鉄道クハ131(昭和22年)→神戸電鉄クハ131(昭和24年→昭和46年1月廃車) |
| キハ34(昭和11年7月日本車輌)→神戸有馬鉄道クハ132(昭和18年2月)→神有三木鉄道クハ132(昭和22年)→神戸電鉄クハ132(昭和24年→昭和46年廃車) |
| キハ35(昭和11年7月日本車輌)→播丹鉄道キハ200(昭和18年2月)→国鉄キハ40359(昭和18年6月)→岩手開発鉄道キハ201(昭和27年7月→昭和48年1月廃車) |
キハ50形は日本車輌東京支店で製造されたディーゼルカー
全長14.3m半鋼製ボギー車で日立製の98馬力ディーゼルエンジンを搭載していた。
誕生当初はキハ40形として誕生、昭和12年4月と昭和13年5月に2両づつが製造されてキハ40~43の4両となった。
しかし縁起が悪いという理由で昭和14年にキハ50形に改番、昭和15年2月にキハ54が1両増備されて5両となった。
戦時中の燃料調達難から昭和17年11月にキハ51を譲渡、残りの車両も昭和19年1月に客車となり、後に電車化改造された。
| キハ40(昭和12年4月日本車輌)→キハ50(昭和14年)→ホハ50(昭和19年1月)→サハ50→クハ1051(昭和24年1月)→クハ1501(昭和26年11月)→上田丸子電鉄クハ252(昭和31年5月)→上田交通クハ252(昭和44年→廃車) |
| キハ41(昭和12年4月日本車輌)→キハ51(昭和14年)→神戸有馬鉄道クハ151(昭和18年2月)→神有三木鉄道クハ151(昭和22年)→神戸電鉄クハ151(昭和24年→昭和46年1月廃車) |
| キハ42(昭和13年5月日本車輌)→キハ52(昭和14年)→ホハ52(昭和19年1月)→サハ52→クハ1053(昭和24年4月)→クハ1503(昭和26年11月)→豊橋鉄道クハ1503(昭和31年5月)→クハ2401(昭和43年11月→昭和61年3月廃車) |
| キハ43(昭和13年5月日本車輌)→キハ53(昭和14年)→ホハ53(昭和19年1月)→サハ53→クハ1054(昭和24年1月)→クハ1504(昭和26年11月)→豊橋鉄道クハ1504(昭和31年5月)→クハ2402(昭和43年11月→昭和57年廃車) |
| キハ54(昭和15年2月日本車輌)→ホハ54(昭和19年1月)→サハ54→クハ1052(昭和24年4月)→クハ1502(昭和26年11月)上田丸子電鉄クハ253(昭和31年5月→廃車) |
東横電鉄のキハ1形として昭和11年5月に川崎車輌で製造されたガソリンカー。
全長17.7mと大型で、170馬力のディーゼルエンジンを積んでいた。
当時神中鉄道に資本参加していた東急から昭和14~15年に6両を譲受した。
燃料が入手困難となった昭和17年4月にキハ1・5・7の3両に木炭代燃装置が取り付けられた。他の3両は客車として代用された。
昭和21~24年に電車化改造されてクハ1110形となったが後に譲渡された。
| 東京横浜電鉄キハ1(昭和11年5月川崎車輌)→神中鉄道キハ1(昭和15年10月)→クハ1115(昭和25年2月)→クハ2505(昭和26年11月18日)→上田丸子電鉄クハ273(昭和37年6月→廃車) |
| 東京横浜電鉄キハ4(昭和11年5月川崎車輌)→神中鉄道キハ2(昭和15年10月)→クハ1112(昭和24年7月)→クハ2502(昭和26年11月18日)→日立電鉄クハ2501(昭和35年11月→平成4年7月廃車) |
| 東京横浜電鉄キハ3(昭和11年5月川崎車輌)→神中鉄道キハ3(昭和14年8月)→クハ1111(昭和25年2月)→クハ2501(昭和26年11月18日)→上田丸子電鉄クハ272(昭和35年12月→廃車) |
| 東京横浜電鉄キハ5(昭和11年5月川崎車輌)→神中鉄道キハ5(昭和15年10月→昭和17年4月事故廃車) |
| 東京横浜電鉄キハ6(昭和11年5月川崎車輌)→神中鉄道キハ6(昭和14年7月)→クハ1113(昭和24年7月)→クハ2503(昭和26年11月18日)→日立勝田工場(昭和34年11月→廃車) |
| 東京横浜電鉄キハ7(昭和11年5月川崎車輌)→神中鉄道キハ7(昭和15年10月)→クハ1114(昭和24年7月)→クハ2504(昭和26年11月18日)→日立電鉄クハ2502(昭和36年11月→昭和57年5月廃車) |
大正11年12月に汽車製造会社東京支店で製造された木造2軸ボギーの電車。
目黒蒲田電鉄モハ1形として創業時に製造された。
神中鉄道が昭和17年5月23日に横浜~西谷間が600Vで電化された際に譲受した。
全線が1500Vで統一される昭和21年12月まで活躍していた。
| 目黒蒲田電鉄モハ1(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ1(昭和17年3月)→静岡鉄道モハ1(昭和21年5月)→クハ1(昭和36年2月→昭和45年9月廃車) |
| 目黒蒲田電鉄モハ2(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ2(昭和17年3月)→静岡鉄道モハ2(昭和21年3月)→クモハ2(→昭和45年9月廃車) |
| 目黒蒲田電鉄モハ3(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ3(昭和17年3月→昭和20年5月被災→昭和23年7月廃車) |
| 目黒蒲田電鉄モハ4(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ4(昭和17年3月)→上田丸子電鉄モハ11(昭和21年12月)→モハ3211(昭和25年)→越後交通ホハ33(昭和39年→昭和42年廃車) |
| 目黒蒲田電鉄モハ5(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ4(昭和17年3月)→上田丸子電鉄モハ12(昭和21年12月)→モハ3212(昭和25年)→越後交通ホハ34(昭和39年→昭和42年廃車) |
| 目黒蒲田電鉄モハ6(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ6(昭和17年3月→昭和20年5月被災→昭和23年7月廃車) |
| 目黒蒲田電鉄モハ7(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ7(昭和17年3月)→静岡鉄道モハ7(昭和21年5月)→クハ2(昭和28年11月→昭和45年9月廃車) |
| 目黒蒲田電鉄モハ8(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ8(昭和17年3月)→静岡鉄道モハ8(昭和21年5月)→山陰中央鉄道デハ7(昭和23年)→日ノ丸自動車デハ7(昭和28年)→デハ207(昭和33年4月→昭和42年廃車) |
| 目黒蒲田電鉄モハ9(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ9(昭和17年3月)→静岡鉄道モハ9(昭和21年5月)→上田丸子電鉄モハ14(昭和24年)→モハ3214(昭和25年)→モハ3222(昭和31年)→モハ3224(昭和32年→廃車) |
| 目黒蒲田電鉄モハ10(大正11年12月汽車製造会社)→神中鉄道モハ10(昭和17年3月)→上田丸子電鉄モハ13(昭和22年9月)→モハ3213(昭和25年)→モハ3221(昭和32年)→モハ3223(昭和32年→廃車) |